「家族」と「食べる」を考える

タベル マガジン

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お鍋に残る煮汁や飲み干さなかったラーメンのスープ......、料理や食事のたびにゴミや汚水として捨てる部分も出てきますね。減らす工夫をしている方も多いと思いますが、南極ではその意識の高さがものすごいそう!
南極地域観測隊の調理隊員をつとめた渡貫淳子さんが教えてくれた驚きのアレンジ&エコ調理には、私たちの暮らしにも生かせる「余さず使い切る」ヒントがありました。
そして南極の地で食を作り続けた渡貫さんが感じた食事の大切さとは?

徹底的に使い切る、食べ切る工夫

観測基地のキッチンは、充実の設備があり、調理に不自由することは一切ないそう。ただし、使えるのは出発前に仕入れた食材のみ。また、南極の環境を守るために、制限があります。

「たとえばおでんの汁1カップを排水できる基準にするには、1000ℓの水で薄める必要があるんです。でも、トイレやお風呂など、調理以外にも汚水は出ます。だから、調理場ではできる限り汚水を減らさなければなりません」

「徹底的に汚水を減らす」ことに対しては工夫の積み重ねだったそう。

たとえばお肉から出る焼き汁を冷凍して、カレーのだしに使ったり、鶏肉のみそ漬けを作ったあとのみそは味噌ラーメンのスープに展開したり...。

「ありがたいのは、金曜日のお昼はカレーと決まっていること。福神漬の汁やポットに少し残ったコーヒー、缶詰の汁、茹で汁、ラーメンのスープなども汚水となるので、そういった余った液体はすべてカレー鍋へ! びっくりされるかもしれませんが、いろんなものを加えても、悪目立ちしないで調和するんです。カレーはすべてを受け入れてくれる(笑)」

さらにありがたいことには、カレーはみんなに大人気だったとか! カレーの日だけはごはんを炊く量がいつもより多かったそうです。

「そして次の食事では、鍋のフチについたカレーまで水でこそげ落として、野菜を加えてカレースープに変化させて、最後まですっきり食べ切るというわけです」

南極でのクッキングは本当にエコ! 汚水を減らす、限られた食材をムダにしない。そんなところも私たちの日常の調理で取り入れていきたいですよね。

「おいしい!」の笑顔と食卓を囲む時間に支えられた

さまざまな制限があるなかでも、渡貫さんがストレスなくキッチンに立つことができたのは、毎日、隊員たちと同じ食卓を囲み、その反応をダイレクトに見られたことも大きかったようです。

▲毎日工夫するのが楽しかった、と渡貫さん

「『あの材料があればいいのに』と思っても、買いにもいけないからしょうがない。そんなことより、みんなが『おいしい!』と食べてくれることへの喜びのほうが大きかったですね。食が何よりの楽しみ、という環境ですから、作っても作っても完売御礼! 食事を重ねるたびに、隊員みんなの好みもわかってきて、次はこんなメニューにしよう、あれを食べさせてあげよう、と考えるのも楽しみになっていました」

南極でのさまざまな食の中で、料理隊員である渡貫さんご自身が、いちばん思い出に残った食は?と尋ねてみると...

「自分が作った食ではなく、隊員のみんなが私のために作ってくれたバースデーケーキです。湯煎でとかしたチョコレートをスポンジにかけてあって、チョコの厚みが1cmくらいで(笑)」

お菓子作りビギナーの隊員の皆さんが、ありがとうの気持ちを届けたいと作ったケーキ。心がこもったケーキは、どんな高級スイーツよりもぜいたくな味わいだったことでしょう。

▲渡貫さんの誕生日に隊員が作ってくれたバースデーケーキ

1年間、隊員たちの胃袋を支え続けた渡貫さん。ともに食卓を囲んだ隊員のみなさんとは、家族とも違う、でもそれ以上とも言える濃密な絆で結ばれたと語ります。

「南極では30人いる隊員のうち誰が欠けても、生活が回らなくなる。みんなが協力しあわなければいけないんです。でも業務はそれぞれにバラバラ。だから、全員が必ず集まる食事の時間は、思いを共有できる大切な場所でした」

考えてみれば、同じ時間を共有するのに、食事ほど適したものはないかもしれません。1日3回のチャンスがあり、誰にとっても楽しみとなるのですから。

「みんなで同じものを食べること、同じテーブルを囲むことってすごく大切。私たちはまじめな話なんか一切してなくて、むしろここでは言えないようなくだらない話ばかりしていました(笑)。でも、毎日三食、食事の時間を共有するだけで、同じ目標に向かって頑張れる。家族とも違う...、でも、それ以上の濃密な付き合いだったように思います」

「みんなのために食事をつくって、みんなと一緒にごはんを食べたあの1年は、やっぱり特別でしたね。食堂は基地の3階にあって、朝食の準備のためにいちばん最初にキッチンに入ると、窓から南極大陸がずーっと見渡せるんです。真っ白なあの景色、もう1回見てみたいですね」

南極での暮らしを振り返る渡貫さんのとびきりの笑顔は、当たり前のすばらしさを教えてくれているよう。
食べてくれる人の笑顔を思い浮かべながら食事を作ることや、大切な人と一緒にテーブルにつくこと、同じものを食べてにっこり笑うこと。食がもたらしてくれる幸せを、もっと大切に味わいたくなりますね。

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写真提供/渡貫淳子さん
撮影/対馬綾乃(渡貫さん)、取材・文/浦上藍子

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